器用貧乏は、意外な自分を見つけるチャンスと捉えてみる!

 

こんにちは、器用貧乏なあっきー(@hitokara_akkie)です。

「器用貧乏」

この言葉で検索しましたか?

それとも、自分が器用貧乏だという自覚がありますか?

 

先に言っておきたい!!

 

器用貧乏で何が悪い。

 

自分は子供の頃から「なんでも器用にできるね」「こんなこともできるんだ、すごいね」と育ってきました。

小学校の頃はテストで悪い点をあまりとった記憶がありません。

マラソン大会ではいつも3位以内でした。(全校生徒200人もいない学校だったけど・・)

図画工作も得意でした。

歌うことも好きでした。

ピアノもそれなりに弾けました。

 

でも、、、

突出した才能があるわけでもありませんでした。

 

そこそこできるんです。可もなく不可もなく。

 

子供の頃はそれでもよかったのかもしれません。

でも、大人になって、周りを見渡した時に

  • 「あいつスゲーな、テニスで国体出て優勝した後ちゃんとプロでやってる!」
  • 「高校の時同じクラスだったあいつが国民的アーティストになってる!!」
  • 「え、あいつあの有名企業の社長なの!?」
  • 「よく酒飲んでたあいつが、今はプロの写真家??」

(↑全部ホント)

 

自分の周り、優秀すぎじゃない!?

と思う反面、

うらやましい思いと劣等感、

むなしさとみじめさと

心強さと・・・

(最後いらんやつ)

 

なんだか自分ができそこないのように思えたんです。

「これでも毎日会社でがんばって働いているんだけどなぁ・・。」

「それなりに会社からは評価されているはずなんだけどなぁ・・・。」

「高校の時思い描いてた未来はこんなだたっけなぁ?」(SMAPの夜空ノムコウが頭の中で再生されます)

 

でも、器用貧乏は、くさっても器用なんです。

(貧乏だけど笑)

 

器用なので、なんでもとっつきやすいのです。

やってみればある程度できるのです。

 

ということは、自分に向いていることを探すための、お試しがしやすいという事だとも思うんです。

 

いくつかやってみて、「あ、これ自分に合ってるかも!」と思ったものに力をすすぎこむと、すごい速度で上達できる可能性があると思うんです。

今思えば、色々アルバイトをしてきた中で、コンビニとコールセンターだけは長く続けられました。

おかげで、コールセンターではアルバイトから社員にしてもらえましたし、それが今では生活の基盤になっています。

接客というカテゴリーが自分には合っていたのです。

 

そう考えると、「器用貧乏でいやだな。損だな」なんて考えているあなたも、よく考えると「器用」のおかげで今の自分を成り立たせてくれているものがあるかもしれません。

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